学校紹介

卒業生メッセージ

世界で輝く、東海大相模の星たち

原 辰徳(12期生)

読売巨人軍前監督
父が高校野球の指導者をしていたため、子供の頃から野球が生活の一部でした。そして、学業とスポーツの両立、スポーツへの理解等の条件を最も満たしていたのが、父が監督を務める東海大相模高校でした。同じ夢や希望を持って集まった仲間達と競い合い、励まし合いすごした高校3年間は、今でも私にとってすばらしい宝物です。

井上 尚登(12期生)

作家
「T.R.Y.」で第19回横溝正史賞 受賞
高校3年間、登山部に所属。すぐにバテてしまうお荷物だったはずの僕が、それでも登山部にいたのはきっと居心地が良かったからなのだろう。そう言えばあまり勉強した覚えもない。困ったもんだ、まったく。ごく普通にごく普通の高校生活を送っていた。本当に僕は、普通の高校生だったな。

青木 直人(15期生)

千葉メディカルセンター 副院長
東海大相模高校を卒業して36年になるが、今でもその記憶は鮮明に存在している。他校と異なり、生徒の価値観が一様ではなく、みな自分の目標を持って過ごしていた。勉強、スポーツ、学校外の活動等々。いってみれば、その後の大学生活と似ている。また、先生方もある意味ユニークで、それぞれの目標にあった指導をして頂いた。現在、私は循環器内科医として仕事についているが、その礎は高校生活にあったと考えている。

新村 直子(19期生)

東海大学医療技術短期大学 教員
卒業後、東海大学医療技術短期大学に進み東海大学病院へ就職しました。仕事を続けながら健康科学部に編入、さらに修士課程を修了しました。総合大学の付属高校に進んだことが、その後も学び続ける環境に身を置くことにつながっているのだと感じます。

堀内 伸浩(18期生)

東京地検 検事
現在私は、東京地検検事として世の中の悪と闘っています。法曹の道を志したのは、相模高校に在籍している時でした。当時、東海大学にはまだ法学部はありませんでした。しかし担任の先生の指導もあって、その意志を貫きました。司法修習生の時代は、並いる東大野球部出身者を差し置いて、野球部の主将をつとめました。私が東海大相模出身であることが大きく影響していました。母校のネームバリューの大きさに感動しました。あの頃のファイトを今も秘めて、頑張っています。

井上 康生(32期生)

日本柔道連盟 男子監督
シドニーオリンピック金メダリスト
皆さんにとって高校生活は、更なる飛躍のために最も大事な時期だと思います。私も相模高校で、人としてのあり方を学び、進むべき道に導いていただき、そして柔道においても世界を見据えた教育をしていただきました。現在の私があるのもこの高校生活があったからこそだと思います。そして何より、一生涯の友人と出会い、楽しい日々を送ることも出来ました。皆さんにもすべてにおいて、有意義な高校生活を送って頂きたいと思います。

松川 智香(33期生)

横浜市立新田中学校 教員
高校3年間は付属高校のメリットを活かして、部活動に力を注ぎました。充実した環境、熱心な陸上競技部顧問の先生の下で、体力面だけでなく精神的にも大きく成長できたと思います。「今しかできないこと」を精一杯頑張った相模高校の3年間は、今でもかけがえのないものとなっています。

豊島 翔平(43期生)

東芝ブレイブルーパス
リオデジャネイロオリンピック7人制日本代表
高校時代から日本代表に憧れ、ひたむきに練習に取り組んできました。高校時代は県代表止まりでしたが、諦めずに大学、社会人とプレーし、リオ五輪セブンズ日本代表になることができました。高校時代に、何事においても諦めずに努力することで夢は叶うと言われたことが、今の私を作ったと思います。私の次の目標は東京オリンピックです。

渡部 菜緒(46期生)

東海大学医学部付属病院 看護師
私は高校では3年間吹奏楽部に所属し、その中で最後まで諦めないこと、責任感を持つことを学びました。今の仕事の基盤となる大切なことが学べたと思っています。現在は看護師として、同僚や先輩、医療に携わる他職種のメンバーと協力し、医療・看護に従事しています。患者さんが回復されることが私のやりがいとなっています。